見たかったもの - にゃん吉一代記
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見たかったもの



石川啄木の、まわりの人というのは、ある意味、啄木の被害者といった人が多いような気もする。
ちなみに私は、啄木がきらいなわけでは決してない。
むしろ、好きである。
人間らしいと思うのだ。

啄木は、まわりの人を多く巻き込んだ。
いい意味で巻き込んだわけではないことが多い。

石川啄木は、1912年(明治45年)4月13日に亡くなった。
あまりに若すぎる、26歳没だ。
8月まで生存していれば、大正時代になっていたが、明治のうちに人生の幕を閉じてしまった。
1912年4月15日には、タイタニック号の沈没事故も起きている。
あまり関係ないが。

さて、その石川啄木の臨終に立ち会った友人がいた。
若山牧水である。
九州の出身らしい。
啄木と同年代の人であった。


R0017904_20190725212425799.jpg

盛岡市の下橋中学校の校門前に、啄木と牧水の歌碑がある。

城跡の古石垣にゐもたれて
聞くともなき
波の遠音かな

こちらが牧水の詩である。



隣の啄木の詩

教室の窓より遁げて ただ一人
かの城址に
寝に行きしかな

で、若山牧水さんに関して少し調べた。
鉄道の旅が好きだったらしい。
それ以上に、お酒が好きだったらしい。


若山牧水さん Wikipediaより

旅を愛し、生涯にわたって旅をしては各所で歌を詠み、日本各地に歌碑がある。鉄道旅行を好み、鉄道紀行の先駆といえる随筆も残している。大の酒好きで、一日一升程度の酒を呑んでいたといい、死の大きな要因となったのは肝硬変である。ちなみに、夏の暑い盛りに死亡したのにもかかわらず、死後しばらく経っても死体から腐臭がしなかったため、「生きたままアルコール漬けになったのでは」と、医師を驚嘆させた、との逸話がある。自然を愛し、特に終焉の地となった沼津では千本松原や富士山を愛し、千本松原保存運動を起こしたり富士の歌を多く残すなど、自然主義文学としての短歌を推進した。



やはり、啄木の臨終を看取った友人は、すごい。
ただものではない。


その若山牧水さんの歌碑が立川にあると知った。


DSC_1276.jpg

DSC_1278.jpg



立川の駅の古茶屋
さくら樹の
紅葉のかげに見おくりし子よ

のほほんとした詩だ。

このような歌碑に会えると嬉しい。


昔の鉄道の旅は、今と違って、のほほんとしていたのだろう。



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