ベリーデリシャス - にゃん吉一代記
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ベリーデリシャス



同僚の瀬戸さんが、突然会社を辞めた。
もともと静かな人だった。
最近は影が薄かった。

長年、勤めていた人が去っていくのは寂しい。
世間では働き方改革とやらが叫ばれて、就業時間さえ自由にならない。年に数度ぐらいは、もっと仕事をしておきたいと願う時もあるが、そんな考えは時代遅れと言うものだろうか。

1ヶ月後。
オレの机に封書が届いた。
焼き鳥屋さんが差出人になっている。
会社宛に来る案内のDMは多いが封書は珍しい。
そういえば、会社のFAXに入ってくる必要のない宣伝はどうなのだろう。
通信費は発信者にかかるだろうが、紙とインク代などは受信者の負担になる。
その費用は、一社ごとでは大きなものでなくても、100社、1000社となれば、それだけ大きくなる。紙も1000枚以上が無駄になるかもしれない。ま、自分の金じゃないけど。

話を、戻す。
オレは封筒を開けた。
大切な封書は、ハサミやペーパーナイフを使って開くが、それ以外のものは指カッターでぞんざいに開く。乾燥している時期には紙で指を切ることがある。指カッターと紙カッターの戦いは、まだまだ続くことだろう。

飲食店から届く封書の中身は新装オープンの案内などが多い。
割引券などが同封されていることが、ほとんどだ。
しかし、この封筒の中身は便箋1枚だった。

わざわざ封書で送るほどのものではないだろう。
そう考えながら、便箋の文字に目を落とした。
印刷ではなく、手書だ。
今日か明日、店に来てほしいということが書かれてある。かなりぶっきらぼうな案内だ。末尾に地図が書かれてある。通勤のコースを少しそれた所だ。歩いて行ける。

退屈な仕事が終わった。
今や魑魅魍魎、鬼の棲家とも見紛う会社を出る。
まっすぐ帰るつもりだったが、新しくできたという焼き鳥屋さんをのぞいてみようかと思った。働き方改革のおかげで家でやることのない人間も、やることのある人間も早い時間に会社を追われる。会社ではライオンのようにふるまっていても家に帰ると鬼の前で哀れな子猫になる人も早く帰らされるのは、どうだろう。早く帰宅できることや休みが多いことを幸せと感じる人ばかりではない。

地図に書かれた焼き鳥屋さんは、会社を出て5分ほど歩いた所にあるはずだ。
ただし、メインストリートからは少し外れているので、同じ会社に勤める人が通りかかる通りではない。オレも、いつもの通勤のコースでは通らない所だ。

焼き鳥屋さんは、すぐにわかった。
店内の灯りはついているが看板の灯りや、提灯の灯りもついていない。
のれんもあがっていない。

いぶかしい思いだが、せっかく来たので中に入ってみよう。まさか焼き鳥屋さんで、ぼったくられることもないだろう。居抜きで改装されたと思われる重い戸を開いて中に入った。
「おつかれさま。」
どこかで聞いたことのある声だ。
優秀な推理能力を持つ賢明な読者には、もうわかっているだろう。

そう、そこには、ごるご君がいた。

と、どんでん返しの話にしたいが、そんなことをすると話が進まない。

で、やり直し。


そう、そこには瀬戸さんが居た。
瀬戸さん、いつもの温厚な笑顔だ。

「瀬戸さん。」
そう言ったきり、声が出ない。
驚くと次のリアクションに困る。
どういうリアクションをとれば笑いがとれるか、いろいろ考えてはいたが、このシチュエーションは想定外だった。
「瀬戸さん、毎月勤労者統計が国会で問題になっているから、お店始めたんですか?」
「前から、やろうと思っていたので、はじめました。」
やはり瀬戸さんのリアクションは、普通だ。
だいたい根が真面目な人なのだ。
オレのように全なりゆきで生きている人間とは違う。
一切なりゆきなら、少しかっこいいのだが。裕也さんも賛同してほしい。


「おめでとうございます。ところで瀬戸さん、客いないようだけど。」
瀬戸さんは笑いながら。
「まだ、オープンしてないから。」と言った。
続けて、「天乃さん、ビールにしますか、ハイボールがいいですか?」
「それじゃハイボールで。」
瀬戸さんは、ジョッキに入ったハイボールをわたしてくれた。
「自分も1杯だけ。」そう言いながら瀬戸さんはカウンターの中からビールサーバーに手を伸ばしてドラフトビアを注いでいる。生ビールの泡の比率は、ビール7に対して3か、ビール6に対して4と言われているが、オレは、ビール8に対して泡は2ぐらいでいいと思う。泡でお腹は大きくならない。

乾杯をした。
「これ、食べてみてください。」
瀬戸さんは、次から次へと料理を出してくれる。
焼き鳥だけではなく、煮物も美味しい。
そして、ハイボールも進む。

「あの〜。瀬戸さんの服って会社の作業服ですよね。」
瀬戸さんの雰囲気が変わらないと思った理由だ。
「仕込で汚れるから。」
理由にならない答えが返ってくる。

たくさん飲んで食べた。
夜も更けてきている。

「じゃ、瀬戸さん。そろそろ帰ります。」
「お代は?」

「今日は、いいです。」
「それでは、悪いから。」
「いやいや、今日はいいです。」

瀬戸さんは、頑固だ。
断り始めると断りきる鉄のような意思を持っている。

「ありがとうございます。それでは開店の日が決まったら教えてください。」
そう言って店を去った。
働き方改革もいいものかも。
脈絡なく、そんな考えが浮かんだ。
瀬戸さんの店がオープンするときには花でも贈ろう。
でも、花が似合う人ではないな。
そんなことを考えた。



翌朝、目覚めた天乃さん。
全ては夢のワンシーンだった。
それなのに、満腹感とお酒を飲んだ翌朝の感覚はある。


デリシャス。





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