路傍の石ころ - にゃん吉一代記
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路傍の石ころ



昔、といっても数十年前の話であるが、道路に落ちているものにも、今より楽しさがあったと思う。
当たりも外れもあったとは思うが、今ほど無機質ではなかった。
今、路上に落ちているものは、コンビニやファーストフードの袋などが多い。
これは、本当に多いのだ。
他に何が落ちているかといえば、タバコの吸殻ぐらいであろう。

昔は、多くのものが落ちていたのだ。
財布がぼろかったのか、ズボンのポケットが破れていたのか、小銭が落ちていることは多くあった。
日本人が今より豊かな暮らしをしていたのかどうかは、わからないが。
10円玉でも、貧しく幼い身では拾うと嬉しいものだった。
逆に1000円以上だったりすると、律儀に派出所に届けたりしていたものだ。
そういえば、昔は500円は札だった。
いつのまにか、500円玉が当たり前になっているが、500円は札だった。
幼い頃の記憶で、100円札というものも覚えてはいるが、あまりはっきりとは覚えていない。
10,000円といえば、聖徳太子だった。
今では、クレジットカードやプリペイドカードが普及しているので、小銭を出す機会が少なくなった。
道路上に落とす確率も減ってきたのだろう。

他にも、いろいろな落し物があった。
ミニカーが落ちていても、今となってはあまり気にとめないのかもしれないが、落ちているのを見かけることは少ない。
おもちゃは、外に持ち出されなくなったのだろう。
テレビゲームなど屋内で楽しむ遊びが多くなると、外で何かを落とすこともない。

悪いものもいろいろあった。
踏むと1日の気分が悪くなるようなものもあった。
でも、無機質ではなかった。
道路を歩くときは、油断しないで路面を確認しなければならなかったのだ。
水溜りに足を踏み入れるようなことは、あまりなかった。
今では、携帯やスマホを見ながら道路を歩く人が多い。
水溜りに足を踏み入れたり、段差で滑りこけたりする。

そういえば、他人の前ですべって転んだりすると、本人は必ず笑いを浮かべながら去っていく。
痛そうなこけかたをしているのに、激しく転んだほど、笑顔なのだ。
きっと痛いに違いない。
でも、耐えられないほどの痛みの中でも、笑顔なのだ。
照れ隠しというものだろうが、一世一代の「がまん大会」といったところだ。
怒りをぶつけようとしても、ぶつけるべき場所は笑顔で去ってしまっている。


路傍の石ころは、通り過ぎる人をずっと見つめながら時をおくっている。
長い時間、路傍にいる石ころもあるだろう。

でも、最近は、道路に石ころがあることも少ない。






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