貧乏が先か金が無いのが先か - にゃん吉一代記

貧乏が先か金が無いのが先か



歴史の授業でいちいち年号を覚えることに何の意味が、あったのだろうと、思いながら井原西鶴が好色一代男を書き始めたのが、1649年と覚えている自分が不思議。年号の暗記には、語呂合わせが使われるが、「イロヨク始まる好色もの。」という語呂合わせのみが頭の中に残っている。しかし、普通に覚えた明治維新は、1868年などがなかなか出てこない。試験の成績が悪かったわけだ。聖徳太子が摂政になったのは、593年。「聖徳太子は、コックさん。」と覚えろと当時の先生に教わった。聖徳太子の烏帽子が白くなったらどうなるだろうと考えているうちに授業の局面は中大兄皇子が活躍する、大化の改新になっていた。大化の改新は、645年。「大化の改新、ムシゴ匹。」こうして育った世代なのだ。バブルであわあわ、ゆとりですくすくだった。

さて、貧乏について。
貧乏人は、いつまでたっても貧乏だ。
これを座右の銘にしていた、素晴らしい人がいた。
そして、本人は自分を貧乏だと、いつも言っていたが、どこの誰と比べて言っていたのかはわからない。
サラリーマンを、ひとくくりにして「貧乏人」と言っていたふしもある。
この方の場合は、貧乏という言葉を楽しんでいたような気がする。
むしろ、窮屈そうに見える、彼にとってのお金持ちを憐れんでいたのかもしれない。

金がないから貧乏なのか、貧乏だから金がないのか?
このテーマに沿って話し合ったことがある。
結果は出なかったが、貧乏には、自称貧乏と相対的貧乏と貧困があることに話は至った。
あとは、別格としてセレブ貧乏やダイエット貧乏も登場した。

浪費は美徳、と言われた時期もあるのだ。
その浪費も、金がないことにはできない。
今の世の中でサラリーマンをやって普通に生活をしていれば、食べることはできるだろう。
高いものが、おいしいものというわけでもない。
お金をたくさん持っている人が必ずしも幸福とも言えないだろう。
楽しめる時間を、たくさん持つことが一番なのかもしれない。



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