2013年01月 - にゃん吉一代記

机の引出



月末なので、引出を整理しようとした。


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どこに隠れていたのか、おまけのおもちゃが出てくるのである。




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にゃん吉 過去を調べる



にゃん吉は、日本史は好きであった。
暗記をするのは好きではないので成績はよくなかったが、
物語として考えると、おもしろかったのである。
その時代を懸命に生きている人がいたので、
おもしろいと言うと語弊があるかもしれない。
興味深かったと言った方がいいかもしれない。

歴史を見るときには、どうしても偏った方向からの視点になりがちである。
特に、争い事に関する視点は、大きく変わってくる。
過去の出来事として傍観しているつもりでも、
人の主観は、それぞれの人に、それぞれの思いをつくりあげる。
近いところでいえば、第二次世界対戦を考えるとき、
それぞれの国や地域や年代によっても違った感想であろう。

いまだ関係者がいたり、利害関係のある人のいる近々の出来事は、
歴史として何かを語るにも、はばかられることがある。
そういった意味で、古代史に興味を持ちはじめた。
日ユ同祖論に関しては、数年前に何冊かの本を読んでみた。
例えば、家紋というものが存在する国は少ないが、
古代ユダヤには、旗に紋をつけていたりする。

残念ながら、所々の事実を考察する能力も手段も、
持ち合わせてはいない。
史実とは全く違うかもしれないが、無責任にも
古代に向かってみたい、にゃん吉である。





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日ユ同祖説から考察する、にゃん吉的な日本の歴史「百鬼夜行」



日本とイスラエル
日ユ同祖説は、明治時代にスコットランドの貿易商が、
日本と古代ユダヤ人の相似性に気付き、提唱したものである。
その後、数々の研究がされて現在に至っている。
後から、確認された様々な事実も、おもしろいのであるが、
明治時代の貿易商が、その相似性に気がついたというのが興味深い。
明治時代といえば、日本は鎖国が解かれたばかりの頃である。
300年近くも外の国とは接しないで過ごしてきた直後である。
鎖国のおかげで、日本独自の文化が変わらなかった点もあるだろうが、
300年といえば、人間も何代か変わっている。
徳川家でも、将軍は15代までいるのである。
それだけの期間を経て外国の人が見た日本は、古代ユダヤと相似性が
あったというのが、とてもおもしろいのである。

※この先は、根拠もない話かもしれない。
信じるも信じないも読む方の自由である。
作者は、自己の根拠もない話を語るのみなのである。
作者を信じて歴史の試験で、悪い点を取っても恨まないようにしてほしい。


「旧約聖書」と、「古事記」「日本書紀」にも似ている点は多いと指摘されている。
キリストと、聖徳太子の産まれた場所が似ている点も、おもしろい。
厳密に言えば、キリストが産まれたのは馬小屋ではなく、洞窟らしい。
その後、マリアに連れていかれた家畜小屋に寝かされたらしいのであるが、
その後の絵などの印象から、馬小屋で産まれたと思っている人は多い。
その誤解のまま偉人の誕生の話が日本で語られていたらおもしろい。
実は、釈迦の出生のエピソードも、似ているのである。

「日本書紀」には、考えられない矛盾もあるようである。
古代ゆえにそうであるのか、編纂した人の意図なのか、
今となっては知ることは困難である。
聖徳太子は、本当は存在しない創作された人物との論を唱える学者も多い。
実際に存在していなかった人物であれば、出生も風貌も、
過去の偉人に似た者として伝えられても不思議ではない。


話は変わるが、「百鬼夜行」という言葉がある。
呪術が使われ始めたのは平安時代の直前である。
そして、日本にヒトと見なされない、「鬼」や「天狗」が
出現し始めたのは平安時代からなのである。
この時代に呪術といえば陰陽師である。
平安時代の陰陽師は、大きな勢力をもっていた。
当然、いろいろな文化を知る機会もあったと思われるし、
大陸に渡って外国の人と接する機会もあったと思われる。
多少は、外国の言葉を知ることもあったはずである。
陰陽師は、「式神」と呼ばれる下僕を連れていた。
下僕であるのに、「神」なのである。
想像の域は出ないのであるが、「神」と呼ばれるほどであるから、
その辺の、使いっ走りとは違っていたと考えられる。
極論をすると、「神」も「鬼」も、人が怖れ敬うものではないだろうか。
右の頬を打たれて、左の頬を出すような「神」ばかりで、
打った人に害が及ばないのであれば、ヒトは「神」を怖れない。
「神」は、怒るものなのである。
そして、場合によっては、ヒトに罰を与える。
それは、日本においては、人間の力では抗いようのない災害であったりする。
例えば、大雨の度に氾濫する川を、氾濫しないようにする土木技術があったとすれば、
それは、当時の人にとっては、神の所業に見えるのではないであろうか。
この時に、「鬼」または「神」が優秀な技術を持って渡来してきた人たちとする。
平安時代のことである。一般の人は外国の人を見たことがない。
すでに日本に来て年月の経っている渡来人は、日本に馴染んでいるかもしれないが、
日本に来たばかりの渡来人は、昼間におおっぴらに往来を闊歩することも困難だ。
その日本人離れした風貌に土着の人たちが恐れをなして、危害を加えられるかもしれない。
しかも、言葉が通じないため誤解を解くこともできない。
そして、渡来人の言葉を理解できるのは、陰陽師だけだったとする。
陰陽師は、渡来してきた人に、目立たない住まいを与えるのである。
そして、彼等に食事も与えるのであった。
ある日、都の近くの村役場の村長が、高名な陰陽師を頼ってやってくる。
「村の中を流れる川は、少し雨が降ると氾濫します。
毎年、田畑も冠水して作物も育たず困っています。何とかならないでしょうか。」
「それは、お困りのことでしょう。私が祈って差し上げます。」
そう言って、陰陽師は、呪を唱える。
呪と言えば不思議な呪文のようなものであるが、なんのことはない、
自分が養っている渡来してきた人たちの国の言葉である。
「マンダカナンダカソンダカドンダカ............」
訳すと、
「君たちご苦労だけど、この男の村に行って、川の上流で流れを変えて、
村で川が氾濫しないようにしておくれ。」
陰陽師の家に目立たないように住んでいる渡来人が答える。
「アーダラコーダラ」
(了解です。)
陰陽師「ヤントカカントカクンバラバラ」
(何か欲しいものはあるかい?)
渡来人たち「ジャンジャンウシシクイタタイ」
(牛肉をお腹いっぱい食べたいです。)
陰陽師「サラサラファンファンユーイートタラフフユーイート」
(うまくできたら、ご馳走します。)
渡来人たち「ウレウレソレソレワークドウ」
(がんばって造ります。)
陰陽師「クラクアラメダタズショウジンハナサ」
(人目につかないように、がんばってください。)
渡来人「アイアイサーサー」
(わかりました。ご主人様。)
村長さんには、渡来人たちの姿は見えない。
ただただ陰陽師が呪を唱えていると思う。

こうして、渡来人たちは深夜にひっそりと陰陽師の家を出て、
人目を避けて羅生門をくぐりぬけて、村の上流に移動するのであった。
日本の土木技術は、ある時期から飛躍的に向上しているのである。
だいたい、豪族の墓といえば、権力をもった豪族であったとしても、
大きい石が墓として使われる程度であった。
それが、突然にして「仁徳天皇稜」を代表とする巨大古墳となるのである。
古代ユダヤの人々の土木技術や火を使う技術は、とても高度なのであった。
竪穴式住居や、横穴式住居の次に歴史に登場する建造物が、巨大古墳や、
法隆寺、東大寺などの超大規模建造物になるのは、不思議である。
考えられるとするならば、異文化が急激に流れ込んできたことである。

話を元に戻そう。
村の川の上流で、渡来人たちは、夜な夜なせっせと働くのであった。
彼らの技術力を駆使して、川に堰を作って
村に大量の水が流れ込まないようにする。
川の流れを人が変えるなどという発想はない日本人であるが、
過酷な自然を目の当たりにした人の発想は違うのである。
そして陰陽師の観点も当時としては、グローバルなのである。
渡来人たちは、100人ほどで堰を造り上げた。
そして、こっそり陰陽師を呼ぶのであった。
「立派な堰ができたものだ。これで村も安心だろう。」
「おつかれさま。明日は宴会の後で都に帰ってくだされ。」
そう言って、陰陽師は、一足先に都に帰るのであった。
翌日には、現場の人たちのもとに、豪華な食事と酒が運び込まれる。
もちろん彼らの大好きなレアのステーキも大量に用意された。
現場事務所では朝から、大宴会が催されるのである。
飲めや歌えやの大騒ぎをして、100人の作業員は酔っ払うのであった。

夜が更けた。
人々は、寝静まってしまった。

彼らは、土木事務所をたたんで都への帰途につく。
当時としては珍しい荷車に、工事の道具などを乗せて都に向かう。
いまだ酔いの覚めない彼らは、談笑しながら都に向かうのであった。
羅生門までたどり着いたときに、風流な作業員は笛を吹いていた。
この時に、源博正は鬼退治のつもりで作業員を見かけてしまったのであった。
作業員の笛の音は、はるかな祖国を思い、悲しげな音色であった。
日本の一般的な人と比べるとイスラエルの人は身長も高く肌の色も違う。
夜の暗がりでは「鬼」に見えてしまうのであった。
羅生門に棲む鬼の伝説は、こうして誕生した。

羅生門を抜けた、作業員たちは荷車を引きながら、陰陽師の家を目指した。
この時に、賀茂忠行に同行する少年「安倍 晴明」は作業員たちを目撃したのであった。
安倍晴明は、弱年の少年である故に、作業員の奏でる高周波の笛の音を聞き取ることができた。
高周波の音は、若い世代の人しか聞き取れない。いわゆる、モスキート音と同じである。
かくして晴明は、他の人より早く鬼(作業員)たちに気がつくことができた。
晴明は、賀茂忠行に「鬼が来ます。」と助言した。

都に入り、陰陽師の家に近づいた作業員たちは、酔った勢いもあり大胆になっていた。
普段なら、ひっそりと隠れて生活しなくてはならないが、深夜に大勢で歩く土着民はいない。
たまには、土着民たちをからかってみたくなるのも人情である。
人をみつけると、少しびっくりさせてやろうとしていたのであった。

家政婦は見た!  もとい 晴明は、見た!
「一つ目の鬼がいる。」村の堤防工事で負傷した目に眼帯をした作業員であった。
「足のない鬼」ふざけて荷車に乗っている作業員であった。
「牛が喰われた」宴会料理のステーキをお持ち帰りして歩き食いしている作業員である。
「何やら騒いでいる」イスラエルの言葉で世間話をしている作業員である。

多くの人は、おびえていたが晴明は、冷静に見つめていたのであった。
こうして、新たに渡米してきた人々と仲良くなった安倍晴明は、
後に陰陽師として不動の地位を築くのであった。

そして、この夜のできごとは、物陰から怖れながら見ていた人により、
「百鬼夜行」の話として後世まで伝えられるのである。





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テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

京急2000形 2011



京急2000形である。
貴重な2011の編成である。
1982年12月が最初の製造である。

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羽田空港で撮影である。
窓のゴージャスなカーテンが通常の通勤車輌とは違うと主張するのであった。


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パンタグラフも撮影したのであった。
残念ながら、登場してから多くの改造がされている。
2Doorだった扉も3Doorになってしまったのであった。

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3Doorに改造された頃に、ロゴも、「KHK」から「KEIKYU」に変わったらしい。



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テーマ : 鉄道写真
ジャンル : 趣味・実用

JR石巻駅周辺 萬画の国



前回に引き続き、JR石巻駅である。
駅の構内に、石ノ森章太郎さんの漫画に登場するものが多量にあって
かなり、感動したのであるが、外も負けない風景であった。

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石巻駅の入り口である。
サイボーグ001のお迎えであった。
写真の左下の赤い線は、震災の津波の影響で浸水した高さである。

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屋根の上も見逃してはいけない。
いろいろな所に、フィギュアが隠れているのである。

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ポストの上にもフィギュアがあった。
「ボンボン」は、1960年代の作品のようである。
残念ながら、読んだことはないと思う。

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ロボコンもいた。
がんばれロボコンは、よく覚えている。
超合金の、おもちゃがあった。
「ロボコン0点。」で、物語はいつも終わるのであった。

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見覚えのある人なのだが、何に出ていたのか覚えていない。
誰だっただろう。

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まだ雪が残っている。

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石巻市を中心に、マンガに関するいろいろなものがある。

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駅前のバス停である。港を思わせる。
今は、仙台からの直通バスも多く走っているようである。

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これは、からくり時計になっているそうだ。
残念ながら、からくりが動いている時間ではなかった。

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いしのまきマンガロードの説明である。
時間に余裕を持って、もう一度来てみたいのである。

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通を挟んで駅の風景である。
駅舎が楽しく見える。とてもいい。

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仮面ライダーV3も、いるのだ。
しかも、後ろの建物は、石巻市役所である。
ぱっとみると、スーパーか、デパートにしか見えないのである。

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駅の周辺である。
気温は、連日氷点下とのことで雪も溶けないのである。

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マンホールのふたも、カラーである。
最近は、どこの町もマンホールなどにも工夫を凝らしている。
注意してみていると、おもしろい。

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駅前から石巻市役所を撮影。
元は、ビブレの建物だったようである。

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交番の入り口にも絵があるのであった。
なかなか、おもしろいのである。

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線路の車両止めの側面にも絵が描かれているのである。
注意深く見てきたつもりであるが、見逃している絵がありそうである。

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駅舎に隣接する喫茶店である。

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先ほどとは逆の方向から、駅の入り口である。

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近くから見ただけでは、見逃してしまう絵がある。
屋根の上にも、おもしろそうな絵があった。
また、ゆっくり来てみたいものである。




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Author:天乃にゃん吉
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